部活でなく同好会でやってたボランティア・・よき青春の思い出
今週のお題「部活」
こんにちは、組み込みエンジニアのかっぴです。
部活について考えてみました。
中学生の時、部活に入っていましたが塾に行き初めて
幽霊部員になっていて熱心に打ち込んだ記憶がないのが残念です。
高校生の時は、部活ではありませんが同好会という形で
ボランティア活動を数名でやっておりました。
同好会の思い出を青春の1ページとして綴っていきたいと思います。
部活ではなく同好会だった理由
同好会だった理由は、部活動として活動するには人数が足りな
かったからです。今では、同好会が活動したことは青春の1ページ
として心の中でやってよかったという大きな思い出として残ってます。
私が通っていた高校では、学校のカリキュラムで部外活動が
ありました。この活動は、部活動をやっている人は部活に
なりますが、やっていないひとは部外活動としてやりたいこと
をする時間でした。
数ある候補の中からやりたい内容を決めて提出して参加する
活動でした。
私は、とくにやりたい内容がなかったため適当に時間を潰せそうな
ボランティアを選択したのでした。
この時は高校2年生でした。同級生のクラスの5人と他クラスの
1名が(この6名は男子)ボランティアを選択してました。
あとは、高校3年生の2名(女子2名、以下先輩)の合計8名での活動でした。
正直に言って、適当に時間が過ごせればいいやって感じでした。
しかし、そうはいきませんでした。
先輩がバリバリの意識高い系の方々だったからです。
さらに、顧問の先生が倫理の担当の先生であったため
ボランティア精神の高い方だったということもありました。
先輩は、今日は校庭のどこを掃除してとかトイレを掃除してとか、
張り切ってたのです。
「お~~い、かっぴ君・・1階のトイレの掃除終わったかい?」
「裏庭の葉っぱを集めて捨てておいて!」
こんな具合に、たくさんのありがたい指示をいただいておりました。💦
決して偉そうに指示しているのではなく、先輩もしっかりと行動
されての指示でした。
こういう日々が続くと、最初は嫌々ながらやっていた掃除が次第に
当たり前のようにできるようになってました。
こうして、地道な活動を続け高校2年生の文化祭がおわると先輩
は卒業していきました。
卒業される時に、先輩から聞いたのですがボランティア活動を部外活動
として行うことは今年で最後ということでした。
理由は、人が集まらないからでした。
このとき、残った6名は他の活動に移って残りの期間を過ごすことも
検討しなければなりませんでした。一瞬の沈黙の中・・
「どうせなら、続けてみようぜ!!」
という一人の発言がきっかけで卒業するまで同好会という形で
活動を続けることが決まりました。(発言したのは私ではありません)
ボランティア活動でやったこと
主な活動は、
でした。
校庭の掃除は、トイレの掃除をしたり落ち葉を集めたり草を抜いたり
ゴミを拾ったりとする活動でした。校庭にごみが落ちていれば
意識しなくても拾って近くのごみ箱に入れるという行動が自然に
身につきました。
養護学校のお手伝いは、高校から歩いて5分もしないところに
をしました。
足が不自由な子がいたり弱視で移動するのが大変な子と一緒に掃除を
したり折り紙で遊んだりと思い出があります。
「ありがとう」
と言われたときは、心が震えたことを今でも思いだします。
現在、お手伝いをした養護学校は移転しており私の通っていた高校から
少し離れてしまったようです。
一番印象的だったイベント・・それは募金活動です
ボランティア活動で一番思い出に残っていることがあります。
それは、文化祭の時に校門に立って募金活動を行ったことです。
「あしなが学生募金」を文化祭の時に行う活動をしました。
高校2,3年生のときに募金をしましたので2回経験しております。
高校2年生の時は先輩が引っ張る形で募金箱を掲げてました。
高校3年生の時は、自分たちが主催して募金活動をしていたため
緊張の連続でした。あしなが募金のポスターを掲げて日ごろ人前
で声を出すことのない6名が二手に分かれて必死に、
「あしなが募金をお願いします」
「恵まれなくて学ぶ機会がない人たちへの募金です。」
と声を出しながら募金を呼び掛けました。
時折、生徒の保護者の方から
「頑張ってください!」
と励ましの言葉をいただいたときは、一同頭を下げて感謝の気持ちを
「ありがとうございます」
という言葉で返しておりました。
あっという間に時間が過ぎ去り、必死に募金した金額は
「15,157円」となりました。
みんなで必死に集めたお金だったので最後の一桁まで覚えております。
寄付した後、感謝状をいただきみんなで記念撮影をしたことのは
いい思い出です。
ボランティア同好会は、私たち6名が卒業するとともになくなって
しまいましたが、良き思い出として心の中で続いています。
そんな私の思い出を最後まで読んでくれてありがとう。